からだを動かすことが続くヒケツを模索
目がしぱしぱします。
今、スマホで過去のm●●i日記を読んでいました。
というのも、6年前に始めたヨガが続いたのはなぜだろう?
なぜ、今はからだを動かすのをさぼってしまうんだろう?
そして、さぼったときの罪悪感ばかりが溜まってしまうのはなぜだろう?
と思ったからです。
- 控えめな決意表明をする
- ウェアをそろえる
- 記録をつける(フィードバックがあれば尚可)
続ける秘訣はこのあたりにありそう。
では、自分はなぜさぼってしまうのはなぜか?
からだを動かすのは好きだし、やれば気持ちいいのがわかっているのにさぼってしまう。
「毎日続けなければならない」
「毎日、その都度、一生懸命やらなければならない」
といった、ちょっと語弊はあるかもしれませんが
そんな体育会系部活的な思い込みがあるのを認めなきゃいけないなぁと思います。
となると、
- たまにはさぼってもいい
- いつも一生懸命やらなくていい
- やった日だけ記録できるツールを選ぶ
このあたりもカギになりそうです。
さぼった日に罪悪感があるのも
体育会系部活的思い込みに起因するところが大きいようです。
大人になったら、
さぼるのは罪ではなく、さぼることによる罰もない。
罪も罰も、被害妄想なのかもしれません。(ちょっと大げさかな?)
だから罪悪感なんて感じるだけ無駄なんです。
やる目的は、快。それだけ。
自分でやると決めたことに責任感や使命感を持ちすぎないって、意外と大切なのかもしれないなぁと感じます。
あれですね、
「ゆるゆるやろう〜っと」
これが合言葉。