嫌いな人を分析すること
春は出会いと別れの季節と言います。
最近の自分はいつもに拍車をかけて
出会いとか別れというよりもっと自己陶酔しているのを感じます。
歳を重ねて、
これまで自分で新しい一歩を踏み出すためにしてきた決意が
幾層のようにもなって思い出されます。
気持ちよくセンチメンタルになれる日はそれでいいのですが、
そうでもない日もあり、疲れに似た感覚に陥ります。
そんなとき、新聞の広告欄に本の宣伝をみつけました。
疲れた人に向けて、確か3つのふれこみがあったのですが
「これはいいな」と思ったのが
”嫌いな人を分析しない”。
嫌いな人を分析してしまうのって、
子どものころの「みんな仲良くしましょう」教育の呪いかもしれないなぁ・・・
とぼんやり感じました。
まぁ、傍目だけでも仲良くしておくことでスムーズに物事が運ぶこともあるとはいえ、
嫌いな人を嫌いと認められるだけでラクになれることも
嫌いな人と無理して仲良くしなくていいと割り切れるだけでラクになれることも少なくないものだなぁ
と、なんだかホッとさせられました。
嫌いな人を分析するのは、
嫌いな人を遠ざけると反面で
自分なりに好きになる努力をしているということなのかもしれません。
もう、そういう無駄な努力から開放されるだけで
このちょっとボーッとしてしまうような陽気が運んでくる
疲れに似た感じを自分なりに楽しんでしまえばいいか、
と思うことができます。
もっと自己中心的になろうと思うのでした。